好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

ジェームズ・ウエスト・デイビッドソン『若い読者のためのアメリカ史』を読みました

私がはたして「若い読者」の範疇に入るかどうかは触れないことにする。
アメリカに行く機会に備えて「アメリカ視点」の歴史本として本書を買ったのですが、大当たりでした。すごく良かった。

すばる舎から出ている「イェール大学出版「リトル・ヒストリー」シリーズ」というシリーズものの一つで、原書は2015年に、邦訳は2018年に刊行されています。大学出版ではあるものの、ターゲットはおそらく高校生くらいかと思われます。そのため語りの口調が柔らかで、とても馴染みやすい。そして一番大事なところでもありますが、文章が上手い。読ませる語りになっている。

片腕を伸ばし、それをずっと先まで見てほしい。1万4000年前に北米に住みついた人たちの生活はあなたの肩から始まり、指先まで伸びている、と考えてみよう。その歴史の最後の500年、この期間を本書は扱うわけだが、それはほんの指先ほどの長さにすぎない。さらに実際アメリカ合衆国が存在しているのは、この500年のうしろ半分にしかすぎない。まさしく指の爪ほどの長さにしか相当しない。(P.26)

この本は全部で40のChapterに分かれているのですが、上記はアメリカ合衆国が広がる土地の広さと時間の長さについて書かれたChapter 2の一部分です。これを読んだだけで、この本は安心して読んでいいんだ、という信頼が生まれます。良い文章だ…。先人に対する敬意を感じる。

本書のアメリカ史はコロンブスアメリカ大陸上陸から始まり、アステカ帝国やインディアン世界の変異、「ウマ」という生き物がアメリカ大陸に渡ったことによる自然的・社会的影響、ヨーロッパでの新しいキリスト教の考え方の誕生などを語りながら、ようやくメイフラワー号にたどり着く。そしてそれまでも、そのあとも、実際の歴史のちょっとしたエピソードを挟みながら話が進むので、物語を読んでいるようでページをめくる手が止まらない。

例えば7年戦争後、アメリカへのさらなる課税が提案されたイギリス議会での、アイザック・バリー議員の反論。

アイザック・バリー(1726~1802)はアイルランドの年配議員であるが、ケベックの戦いに出兵し、弾丸を片目に受けて失明した。そのバリーが立ち上がった。目が見えないのは議会のほうだ、と彼は心のなかで思った。
(中略)
彼らはあなたたちの武器によって防御された?これも違います。彼らはあなたがたを守るために堂々と武器を取ったのです……。いいですか、覚えておいてほしいのですが、今日これだけは言っておきます。あの者たちを最初に突き動かした同じ自由の精神は、今後も彼らとともにあるでしょう。[あの者たちは]王のいかなる家来に勝るとも劣らぬほど非常に忠実なのに、国民が彼らの自由をねたんでいるのです。(P.122)

格好いい…!
実はこれまでアメリカが独立する前の有名な「ボストン茶会事件」で、なんでそんなにアメリカが怒ったのかイマイチ理解できてなかったのですが、この本を読んでようやく理解しました。そうか、彼らは自分たちを支配されるものとは見なしていなかったんだな。

なぜ植民地のイギリス人は――イギリス国王と彼らの国を心から誇りに思っていたにもかかわらず――これほど激怒したのか?それは彼らがイギリス人だからだ。本国にいるイギリス人たちと同じ「権利と自由」を求めたのだ。イギリス人は選挙によって庶民院議員を選出しているし、自分たちが課税を受け入れるべきかに対して発言することもできる。確かに誰もがというわけではないが、少なくともすべての州の地主たちはその権利を有していた。一方、アメリカ人は自分たちの代表を選んで議会に送り込むことができない。パトリック・ヘンリーが言うように、「イギリスの自由の顕著な特徴」としては、「自分たちが代表者として選出し、自分たちがどれほどの課税を負えるかを知る者たちによってのみ」課税されるという特権を有することがあったのだ。(P.124)

ここをしっかり理解できたのが今回の一番の収穫だったかもしれない。

しかしもちろん、それだけではない面白さです。大統領の選出と功績、草の根運動の紹介などが続き、その時々の著者のロマンあふれる文章にしびれる。
下記は共同体運動に関する文章です。

このような改革者たちの考えが実用的でないばかりか突拍子もないものと思われたのは疑いない。こうした理想像をあざけるのはたやすい。しかし、それを言うなら、世界は今と同じだろうと信じて……理由はこれまでずっとそうだったからというだけで……来る日も来る日もただこつこつ働きつづけるほうがずっとたやすい。悟りを求める求道者の夢は実に思い切ったもので、自分たちが精力を注ぎ、必死に働けば、世界を変えられるというものだった。改革の炎は広がってゆく。(P.203)

本書ではオバマ元大統領の就任まで触れられていますが、直近の歴史についてはそこまで深く書かれてはいません。あと原書がトランプ大統領就任の前に刊行されているので、そこも触れられていません。就任後に刊行されていたら、どんな風に触れられていたのかは興味があるなぁ。
しかし2015年時点までの内容であっても実に濃い一冊で、具体的な個々のエピソードが盛り沢山で説得力を増しています。すごく面白かった。

これまでアメリカという国にはあまり興味がなかったのですが、今回いろいろと本を読んで俄然興味が出てきました。この国が内部に抱える矛盾とか、理想と現実のギャップとか、どうしてそんなにポジティブでいられるのかとか、ちらりと垣間見える闇の部分も。面白い国だなぁ。割と採算度外視して理想に燃えるところもあって、好感度が上がった。

もっともっと頑張ってほしいな。

この国家は持ちこたえることができるのか?自由で平等でひとつでいられる新たな諸策を見出すことができるのか?(P.448)

また次の大統領選挙もあるし、期待して見つづけていたいと思います。

あとは、イギリスから見たアメリカ史が読みたいなぁ。