好物日記

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そごう美術館「何必館コレクション ロベール・ドアノー展」に行ってきました

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「市役所前のキス」で有名なパリの写真家ロベール・ドアノーの展覧会を横浜そごうでやるというので、喜び勇んで行ってきました。「市役所前のキス」がすごく好きなので、他のも観たいと思ってたんです!ありがとう!よい作品ばかりで幸せでした。

ドアノーは1912年生まれ・1994年没。あと20年くらい後に生まれているイメージだったけど、案外昔の人だった。2回の大戦を目の当たりにした人だったんだな。

さて、いつも思うのですが、手のひらサイズの機器で誰でも簡単に撮れるくらいに写真というものが手軽なツールになった現代、写真家という存在は一体何なのでしょうか。写真って、どうせ現実世界のコピーでしょ?とか思ってほとんど興味なかった時期もあったのですが、最近少し考え直しています(相変わらず集合写真は好きじゃないけど)。
画像が粗いとか細かいとか、画素数がいくつだとかいうのは機械の問題。手ブレだってイマドキのカメラなら補正してくれるし、採光だってあとから調整できる。それなら写真家を職業にする人、プロとして写真を撮るような人というのは何が違うのか?あるいは撮られた写真が芸術作品としてみなされるのはどこが分かれ目なのか、意図して芸術作品としての写真を生み出せるかどうかは何に懸かっているのか?その答えのひとつを、この展覧会で見たような気がする。たぶんそれは、何を撮るか、どこから撮るか、ということに尽きるのだ。その一瞬を切り取れるかどうか、というより、その一瞬を選ぶかどうか。一枚の写真の裏には取られなかった一瞬が無限にある。そもそもカメラを構えられもしなかった情景が数えきれないくらいある。カメラを構えてファインダーを覗いたけど、シャッターは切られなかった瞬間がまた山のようにある。そして何枚か撮って、現像されなかった写真もたぶんある。撮影する写真家の立ち位置が1メートルずれていたら、また全然違う作品になるわけだし。「その一枚」になるまでにどれだけ偶然との闘いが繰り広げられていたのか考えると、ちょっと怖い。けど能動的に「これが良い」と決定して、それに同意する人がお金を払えば、お金の対価となったそれは「写真家の写真」なのだ、たぶん。
というかなんだかやっぱり、空気感がありますね。今、ここ!という強さがあるように感じる。それはドアノーだからなのか、よくわからないけど。

今回の展示のどこかのキャプションで、コレクションを貸してくれた何必館の館長が「ドアノーの写真にはカメラを感じない、彼の瞬きを覗き込んでいるような気になる」というようなコメントをしていました(すみません、細かい言い回しはうろ覚えです)。これはまさに、その通りだと思う。ドアノーの写真では、ドアノーの視線が浮き彫りになる。そういう意味でも写真というのは恐ろしいものだ。
ただドアノーの写真から、彼が明るいものをしっかり見つめていたんだってことがわかるのが救いだ。ちょっとユーモラスで、ちょっと笑っちゃうような写真が多い。戦後の貧しいパリの暗い雰囲気の中で、そういうものを選んで網膜に写していたということが、彼の写真の良さのひとつになっているのだろうな。

どの写真も良いのですが、特に芸術家のポートレートがすごく好きでした。ピカソとか、ジャコメッティとか、サヴィニャックとか。あと子どもがめちゃくちゃ可愛くて和む。まだほんの小さな、服に着られているような子とか、可愛くてたまらない…。どんなに小さな子も、靴は本当に大人の靴のミニサイズ版ってところがフランスだなと思いました。服も、特に男の子は、大人の男性が着るようなコートのちっちゃいやつを着てたりする。おしゃれだ…トリュフォーの映画を思い出す。どの子もめちゃくちゃ可愛いので、ドアノーが子ども好きだったんだろうなと思います。ローラーブレードで走る子どもを見守る大人たちも良かった。後ろの方に飲み友達っぽいムッシュー達がニヤニヤしながら見ていて、人柄がにじみ出ていた。
ほかにも街角の人々を写したものとか(「芸術橋の上のフォックス・テリア」という写真があって、非常にユーモラスで実に良い)、肉屋のおやじが血まみれのエプロンつけたままアコーディオン聴いてる写真とか、いろいろ好きなのがありました。

今はロベール・ドアノーの娘2人が彼の作品を管理しているのですが、彼女たちのインタビュー動画(15分)が会場で流されていました。お父さんのことめちゃくちゃ好きなんだろうな、と思う語りよう。そして二人ともおしゃれで美しい。生き生きと語っていて、目がきらきらしていて、キュートなマダム。本当に大好きだったんだろうな。
堪能しました。ドアノーの「市役所前のキス」以外の作品観たのは初めてだったけど、やっぱ良いです!!!いいなぁ、写真集欲しいなぁ。
ただ今回の展覧会、欲を言えば、出展作品のリストがぜひとも欲しかったです。あとキャプションはもう少し丁寧に作っても良かった気はする。


しかしカメラって、機械としての形がまた良いのだ。「見る」に特化したあのフォルムがすごく好き。形状と目的がセクシーなんですよね。やっぱ色は黒が良い。