好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

『文学ムック たべるのがおそい』vol.1 を読みました

今更ながら、『たべるのがおそい』創刊号を読みました。
一応アンソロジーなのか?雑誌にカテゴライズされるのか?ムック本の扱いはよくわからないのですが、とても面白かったので記事を書いておきます。

そもそもなんで珍しくムック本なるものを手に取ったのかというと、先日読んだ『特別ではない一日』がとても好みで、西崎憲というひとが他にどんな本を編集しているのかということに興味を持ったからです。そこでまずは図書館から『たべるのがおそい』Vol1を借りてきて読んでみたのですが、はい、買います。これは買います。そして西崎憲・編集の作品は安心して買っていいと判断しました。

vol.1の特集「本がなければ生きていけない」というのが、まず良い。ここで本がなければ生きていけないことを明かしているのは、日下三蔵佐藤弓生、瀧井朝世、米光一成の4名です。「そんなことない」などと言っている人もいるけれど、またまた…。皆さんの本棚(あるいは本の山)写真を見れば、同じ穴の狢であることは明らかである。しかし他人の本棚写真はなぜこんなにも魅惑的なのか。

版元は書肆侃侃房という出版社で、名前は聞いたことがあるもののよく知らなかったので軽く検索してみたら、創業者の田島安江さんが詩人なんですね。なるほど。
『たべるのがおそい』にも短歌にかなりのページが割かれているのが印象的でした。現代歌人はまったく知らないので初めて見る人ばかりだったけれど、木下龍也の短歌が非常に好みで気に入りました。

胃のなかのことは想像したくない桃カルピスにゆれる砂肝 (P.68)

木下龍也の短歌ページのタイトルがまさに「桃カルピスと砂肝」で、この短歌から取られているわけですが、この組み合わせにはやられました。飲み会でそういう取り合わせになったりすること、あるよね…しかしすごいな。この言葉の選び方がすごい。砂肝が「ゆれる」のがポイントだな。
上の短歌以外にも、韻を読んだりしてリズミカルなものも多く、かつ現代的な単語をぽいぽい出してきてコミカルな印象。

再加熱されテーブルに舞い降りる唯一無二の天使ムニエル (P.66)

キャプテンストライダムという現在活動休止中のロックバンドがいるのですが、そのバンドで作詞作曲をしていた永友聖也の言語感覚を思い出しました。キミトベ系か。
それでもふっと寂しさが世界を覆い尽くすような短歌が挿し込まれていたりして油断ならない。すごく良かったです。歌集買おうかな。

あと『たべるのがおそい』vol.1には、のちに芥川賞を受賞した今村夏子の『あひる』も収録されていました。老夫婦とその娘の家で知人から譲り受けたあひるを飼い始め、その家に次第に近所の小学生たちが遊びに来るようになるという話。イマドキな不穏さと見て見ぬふりをする弱さといたたまれなさがとても良かったです。容赦ないなぁ。でも人間ってそういうものなんだよな。

円城塔は相変わらず円城塔だった。好きです。縦方向の垂直移動をよくする縦籠家と、横方向の平行移動をよくする横箱家の歴史と未来、その物語の名は『バベル・タワー』。

 それまでほとんど交流を持たなかった縦籠と、横箱の家が激しく衝突するのは意外なことに、高天原をめぐる議論がはじまりだとされる。水平方向の移動を守備範囲とする横箱と垂直方向の移動を専らとする縦籠の家はそれまではある程度の棲み分けを行っていた。(P.50)

「生まれる以前であれ、死後であれ、天の国であれ、地の国であれ、およそそれは想像であり、抽象である。想像は垂直に伸びるものであり、抽象は垂直方向へと積み重なっていくものである。貴家がいかなる主張を弄ぼうと、想像や抽象はこの現実と地続きではないのであって、ただ跳躍のみがその到達を可能とする」(P.51)

大仰でコミカルな円城節を堪能しました。楽しかった。

一方、これまで名前は知っていたけど特に気にしていなかった藤野可織の『静かな夜』がめちゃくちゃ良くて衝撃でした。幼い姪が「はじめてのおとまり」で家にやって来て、夜中に突然「家のなかに誰かいる」と言い出す話。藤野可織は『特別ではない一日』では『誕生』という小説を書いています。そういう雰囲気の作品を描く人なんだな、と腑に落ちました。日常世界が一変する感覚がすごく好き。右も左もわからない暗闇で、一歩踏み出したら奈落の底かもしれないというような、妙な緊張感がある。でもベッドでぬいぐるみと一緒に寝てるような少女性も携えていて、そこが良いのです。ちょっと、これは、他の小説も読まないと…

知らない作家さんの文章にたくさん出会えてとても楽しかったです。「西崎憲」印なら大丈夫だ。
ところでどうやら『たべるのがおそい』はVol7(2019年4月)をもって休刊となったようなのですが、本屋にまだ売っているのは確認したので、遠からず手に入れてゆっくり読みすすめるつもりです。