好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

郷さくら美術館「中野嘉之の世界」に行ってきました

satosakura.localinfo.jp

日本画が観たくなったので、中目黒にある郷さくら美術館に行ってきました。ここはこじんまりとした現代日本画専門の美術館で、現役画家さんの展示を多くやっているのでお気に入りの美術館のひとつです。

今の展示は京都生まれで多摩美の名誉教授である中野嘉之さんの個展。ホームページでちらりと見えた龍の絵が格好いいなぁと思って観に行ったのですが、思っていた以上に私の好みど真ん中でした。すごく好きだ、このひとの絵。

横に広げた時の長さが10m以上になる龍の絵「双水竜図」が今回の展示チラシで大々的に広告されている目玉作品でした。これも確かに凄い迫力だったのですが、一番好きだったのは「蕭蕭」という六曲一隻の大作。寒い北の大地を移動しているときに目にした風景が元になっているとキャプションに書いてありましたが詳しい場所は忘れてしまった…。渦巻く風と、遥かに続く凍る大地が非常に美しかったです。ひんやりとした空気の流れが見えるようだった。絵の中にふわりと仄かに白く光る部分があって、そこに何かが舞い降りたようでとてもきれいだった。

この作品に限らず、中野嘉之さんの色の塗り方がとても好きでした。塗り方というか、筆の運び方というか。筆跡、刷毛の跡まで美しかった。特に色が集まった部分のテクスチャ感が最高なのです。彼の色の重ね方がすごく好きだ。
絵のメインとなる事物の描き方もさることながら、それらの事物を浮き立たせる背景の色遣いがめちゃくちゃ素晴らしいのです。岩石に詳しくないので具体的な名前が出せないのですが、いろんな色がまじりあって控えめにきらりと輝いているのが、何かの岩の表面の色合いに似ていた。あるいは、感光したフィルムの染みのような部分とか。濃淡の絶妙さが好き。鳥の羽の毛羽立ち具合とか、水飛沫の躍動感とか、たまらない。

例えば紅葉が散りばめられた中に鴨が横たわっている「秋映譜」という作品がとても素敵でした。この紅葉のつぶれ具合というか、重なり具合というか、地面との一体化感がすごく好み。絵巻物みたいな馴染み方だった。濃淡が上手いのかな。
他には「生命の讃歌ー鵯」は構図も美しく、「生命の讃歌ー梟」の背後に広がる藍も良い。この「生命の讃歌」というのはシリーズ構成になっていて、他に狐や猿や魚などがいましたが、それぞれ特色があって好きでした。動物の絵は良い。
そして最新作の「乙女桜」は、咲いていた桜の花をべたっと塗りこめたようなリアルな花びらの描写で、塩漬けにした桜の花があんな色合いだったよな…。でも神性帯びた雰囲気があって、ちょっと不思議な感じでした。

というか正直どれも良くって、画集買おうかとも思ったのですが、実物があまりに良すぎたためにやめました。印刷した紙であの色合いの美しさが再現できるわけはないのだ…わかってた。ポストカードや画集を観たら「やっぱこうなっちゃうよね」という気持ちになってしまうことはよくあって、とくに日本画はそれが顕著である。絹本に描くか和紙に描くかでもニュアンス変わってくるのに、印刷したら全部ぺらんとした紙になってしまうのが悲しくてならないのです。売り場の蛍光灯の光がてらりと反射したりするともうダメで、買った方が応援になるとわかってはいても、こんなところに閉じ込められて…と思ってしまう。うん、やっぱり実際に絵を買う方向を目指した方がいいですね。飾る場所が欲しいなぁ。

郷さくら美術館はアクセスも良く、現代日本画であれば大御所でも若手でも積極的に作品を買い入れていて、独自の賞も開催していて、入館料もお手頃(一般500円)というものすごい稀有なミュージアムです。これで私設美術館というのだから、本当に、すごくいい美術館だ。
中野嘉之さんの展示は2020/2/23までやっているので、お時間あればぜひ。1時間あれば十分ゆっくり観られますよ。これはもう、実物をぜひ観てほしい…!自分がもう一度観たいくらいです。好きな日本画家がまた一人増えてしまって嬉しい。目の保養でした。