好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

ジャレット・コベック『くたばれインターネット』を読みました

くたばれインターネット (ele-king books)

くたばれインターネット (ele-king books)

版元のPヴァインは、音楽関係の会社です。出版している本も音楽関係が主であるようなのですが、たまに音楽とは一見関係のなさそうな、でも面白い本を出してくるので油断ならない。菌類小説アンソロジー『FUNGI』とか好きでした。
そして今回、書店で面白そうなタイトルの本があるなと思って手に取ったらPヴァインだった。お久しぶりです。

巻末の訳者あとがき(あるいは解説?)に詳しい記載があるのですが、『くたばれインターネット』(原題は ”I hate the internet"、いい邦題だ)は2016年にアメリカで刊行されました。というか、この小説を刊行するためにジャレット・コベックは自分で出版社を立ち上げたらしい。その名も "We Heard You Like Books"。そして英米でベストセラーになり、12か国で刊行された末についに日本にやってきたという話です。

ちょっと大手出版社じゃ出しにくそうなロックな本で、とても面白かったけど、万人に勧められる本ではないなというのが正直なところ。舞城王太郎とか戸梶圭太とか初期の佐藤友哉とか、あの辺が大丈夫なら多分平気です。個人的には舞城が一番近い気がする。そんなに暴力的な描写が多いわけではないんです。ただちょっと、語彙が攻撃的で上品でないだけ。

著者自身も読者を選ぶことは自覚していたようなので、小説冒頭に以下のような注意書きが書かれています。

閲覧注意
本書は以下の内容を含みます。購読の際はご注意ください。
――――――――――――――――――――――――――――
資本主義。男どものすげえ臭い体臭、歴史上登場した懐古主義、殺すぞとの脅し、暴力、人々の絆、流行り廃り、絶望、際限ない金持ちへの嘲笑、強姦してやるとの脅し、エピキュリアン的思想のささやかなる反復、コミック業界、知性主義の衰亡、女性蔑視社会において女性に生まれてしまった悲劇、ポピュリズム、ちょっと引くような卑猥な意味になってしまう隠語の数々、トーマス・ジェファーソンの性生活、大虐殺、著名人、アイン・ランドの客観主義哲学、人種問題に関する議論、…(以下略、P.7)

これで半分くらいですが、まぁ雰囲気としてはだいたい伝わったかと。読み始める前にこの注意書きを読んだときは意味不明でしたが、読み終わってから改めて振り返ると、まぁだいたいあってます。特に「際限ない金持ちへの嘲笑」のところ…
実際肌に合うかどうかは、大型書店の海外文学の棚に行って第一章(たった3ページ)を立ち読みしてみるのが一番いいです。ここで無理だと思ったら、悪いこと言わないのでこの小説はやめときましょう。あと300ページ超、こんな感じのノリが続くので。世の中には他にも面白い小説はたくさんありますから。でも面白いと思ったなら迷わずレジへ持っていきましょう。

本の内容を簡単に紹介すると、サンフランシスコに住むアラフォーの独身女性漫画家・アデレーンが「この二十一世紀においては決して許されない唯一の大罪」を犯してしまう話です。それに伴って前述の「閲覧注意」に列記されていたようなあらゆることが語られるのです。衒学的ともちょっと違う、始終ふざけているようなノリで。

例えば本書のテーマの一つに白色人種と有色人種の待遇の差異というのがあります。「要するに有色の皮膚というのは、皮膚組織中の真皮の上層にある基底細胞層に真性メラニンがあるかどうかによって現れる可視の副産物だということになる。(P.16)」と断ったうえで、実在/架空関係なく、この本にちらりとでも登場した人物は、その名前と共に皮膚組織中の基底細胞層における真性メラニンの有無が併記される。

フェイスブックマーク・ザッカーバーグによって立ち上げられた。彼の皮膚組織中の基底細胞層に真性メラニンは見つからない。(P.19)

バラク・オバマは現在のアメリカ合衆国大統領である。二〇〇八年に選挙に勝ち二〇十二年に再選された。彼の皮膚組織中の基底細胞層は真性メラニンでいっぱいだ。(P.141)

そしてこの真性メラニンの有無についての記述のように、特徴的な反復を繰り返すコベック節がだんだん癖になっていくのでした。

他にも本書ではいろんなテーマが出てくるのですが、SNSGoogleが広告で稼いでいることについて度々言及されているのが印象的でした。人前に出すには宜しくない写真をバラまかれた一人の女性の話が出てくるのですが、写真が拡散されていくときの文章が巧い。

 こういったすべてが進行する間にもフェイスブックは金を稼ぎ続けていた。人々が互いにエレンの晒され具合を仔細にやりとりするメッセージはすべて、電気カミソリやペットフード、あるいは<学童頭脳健康調査機構>といった広告と一緒に飛び交っていた。
 こういったすべてが進行する間にもグーグルは金を稼ぎ続けていた。誰かさんがエレンの名前をググるそのたびに、グーグルは彼らに相応しい広告を選び出し、将来の搾取の準備のために顧客データを収集していた。(P.109-110)

個人の人生を破壊するような大事件が今まさに起きていることなど全く関係なく地球は回り、支配階級の預金残高は増えていく。そしてそんな情報産業のフリをした広告業界のトップたちをギリシア神話の神々に見立てて祈りをささげる女性まで登場します。

 グーグル社の現在のCEOであり共同設立者の一人でもあるラリー・ペイジは、オリンポス十二神の一柱、ヘーパイストスである。何故ならヘーパイストスは肉体的には脆弱な神であり、そして技術と想像力の神だからだ。(P.245)

ここまでやるか、という感じではありますが、まさにコベック節炸裂という感じで笑ってしまう。
ちなみにこの箇所に限らず、全編通してアメリカ情報産業の金持ち連中は軒並みこき下ろされているので、ファンの方はご注意ください。スティーヴ・ジョブスも例外ではありませんので。

しかしどんなにふざけてきわどいことを言ってても、ちょくちょく挟んでくる「白人至上主義のアメリカにおいて白人でないこと」のやるせなさみたいなものを目にする度、なんだか何も言えないのでした。コベックはトルコ系アメリカ人です。まぁコベック自身は同情なんぞ寄せられたって喜ばないだろうし、我々が勝手に深読みするのをニヤニヤしながら見てるだけなんだろうけど。
とはいえ生まれながらにどうしようもないことはあるって描いているものの、コベックには苦境を笑い飛ばしてやるユーモアが感じられるのが好きだ。不条理でも生きて行かなきゃ仕方ない世界だ。納得してるわけじゃないから声の限り吠えるけど、それでもそこで生きて行こうとしている。

作品が2016年刊行なので、トランプ大統領誕生に間に合ってないのが非常に残念でならない。見たかったよなぁ。しかし "Only Americans Burn in Hell" という新作が出ているらしいので、それも訳されないかと期待している。どうやら今度はテレビ業界の話らしいんですよね。これまた業の深そうな…面白そうです。

でもあの、何度も言いますけど、本当に、苦手な人は苦手な本だと思うので、お気をつけて…。不謹慎な本ですよ。そこがいいんだけど。