好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

西崎憲・編『特別ではない一日』を読みました


短編集ならぬ「短文集」、現代日本作家のアンソロジー集です。<kaze no tanbun>というシリーズにするつもりのようで、その第一弾とのこと。参加している作家と作品は以下の通り。

山尾悠子『短文性についてI』『短文性についてⅡ』
岸本佐知子年金生活
柴崎友香『日壇公園』
勝山海百合『リモナイア』
日和聡子『お迎え』
我妻俊樹『モーニング・モーニング・セット』
円城塔『for Smullyan』『店開き』
皆川博子『昨日の肉は今日の豆』
上田岳弘『修羅と』
谷崎由依『北京の夏の離宮の春』
水原涼『Yさんのこと』
小山田浩子『カメ』
滝口悠生半ドンでパン』
高山羽根子『日々と旅』
岡屋出海『午前中の鯱』
藤野可織『誕生』
西崎憲『オリアリー夫人』

編者の西崎憲については、名前は見たことはあったけどどんな人かは知りませんでした。こういう感じの方なんですね、というのがちょっとわかった気がするラインナップだ。
知らない編者の本をなんで手に取ったのかというと、山尾悠子が書いていたからで、円城塔まで入っているなら絶対大丈夫だと思って買いました。現代作家はちょっと疎いのですが、好みの文章がたくさんあって幸せな気分になりました。短文というのも良いところですね。さらりと読めるくせに、ちょっと小骨が引っかかる、そのバランスがとても良い。

柴崎友香はもともと好みの作家でしたが、『日壇公園』も面白かったです。北京の日壇公園を訪れる話なのですが、電車の中で思わずふふっと笑ってしまって横の人に白い目で見られた。

 わたしは、端っこのポールにくっついて片腕を巻き付け、ポールのふりをした。自分はポールだ、と自分に言い聞かせた。赤信号の残りの時間はまだ九十秒もある。自分が人間だと思い出してしまったら、わたしは自分の意志で体を動かすことができることになるので、道路に飛び出すことができて、車にはねられるから。(P.21)

柴崎さんの文章は12ページ。思い出に沈み込まない程度のノスタルジーと、ちょっととぼけたようなタッチ。そして彼女がみている世界の、完璧ではないけど良いなぁっていう、暖かい雰囲気がとても好きです。すごく良かった。

知らない作家さんでこれは!と思ったのもいくつもありました。
たとえば岡屋出海の『午前中の鯱』。中学校に入学したばかりの少女の話です。新しい通学ルートで久々に再開する、アスファルトの海に潜む鯱。幼稚園の頃に叔父と一緒に息を殺して渡った白線の陸地。彼女はこれから、毎日ひとりでそこを渡ることになる。視点が語り手に沿っていて素晴らしい。叔父さんがまた、すごくいい。たった9ページ、されど9ページの引力がすごかったです。めちゃくちゃ良いです。オカヤイヅミ名義で漫画やイラストを描いてらっしゃるとのことなので、そっちも気になる…

そして日和聡子の『お迎え』。保育園でお迎えを待つ男の子と女の子と保育士さんの話なのですが、ラストが衝撃だった。昔こういうことをしょっちゅう考えては悲しくなっていたのを思い出しました。今ではだいぶ慣れたけど、たまにしみじみ寂しくなる。そして地球は回ってくんだな。
あと高山羽根子『日々と旅』も面白かったです。東京とソウルを行ったり来たりしているのかしていないのか。
そして、ちょうど台湾から帰る飛行機で読んでいたので、谷崎由依の『北京の夏の離宮の春』はタイムリーだった。漢字圏異言語の不思議。

読んだことのある作家の作品も、軒並み良くて大満足です。山尾悠子は言わずもがな、円城塔も安定の面白さ。滝口悠生も良かったし、藤野可織も素晴らしい。全体的にちょっと懐かしい感じを漂わせながら、懐古趣味には陥らないところが好みでした。そうそう、そうだった、そういう気持ちを私は感じていた、と思い出すことしきりでした。通り過ぎて行く気持ちを拾い上げてくれる作品ばかりだった。幸せな時間でした。

レイアウトも良かったです。ブックデザインにもこだわって作っているようで、紙で読む本だなという印象。カバー外したところまでおしゃれ。シリーズとのことなので、次も楽しみだな。そして『食べるのがおそい』も今更ながら気になってきてしまった。

そしてこの『特別ではない一日』の制作記のnoteが見つかったのでリンクしておきます。各作品に対するコメントが良いので、あわせてどうぞ。

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