好物日記

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ミシェル・ウェルベック『セロトニン』を読みました

セロトニン

セロトニン

ウェルベックは『プラットフォーム』とラヴクラフトの評伝しか読んだことがありませんでした。『プラットフォーム』は過激な性描写のイメージが強くて、私の中では白石一文と同じジャンルにカテゴライズされていました。疲れているときには読みたくない印象が強かったのですが、図書館の新刊入荷お知らせメールでなんとなく目が留まり、どうせすぐには来ないだろうと予約したら早速来てしまった。ので読みました。

思ったほどしんどくはないけれど、ぐっとくる、というか、重い。でもとても良かったです。

 それは白く、楕円形で、指先で割ることのできる小粒の錠剤だ。(P.3)

抗うつ剤「キャプトリクス」の副作用で性的欲求をまるで感じなくなった46歳の男性が、同棲相手と住んでいる家を突如解約し、ホテルを渡り歩きながら過去に付き合った女性たちを思い出しては語る小説です。自分のことを人生に失敗した男だと感じていて、後悔と諦念と未練がないまぜになっている。
最初の一文というのは作品の大事な要素のひとつですが、上記の一文で始まる語り出しは印象的で、象徴的で、これだけでもう良作の予感で幸せになる。

語り手である男性の意識の流れをそのまま文章にしたような文体ではあるのですが、ただの独白ではなく、読者を想定した語りというスタイルになっているのでそんなに独りよがりでもなければ読みにくくもないです。たまに思い出したように回想から現在へもどってくるところが好き。

しかしユズを待ちながらコニャックのグラスを傾けすぎたせいで話が逸れてしまった、どちらにしてもユズはカトリックなどではなく急進派カトリックではさらになかったが、もう二十二時ではないか、一晩中こうやって待つわけにはいかない、そうはいってもユズにもう一度会わずに出て行くのは気が引け、ぼくは彼女を待ってツナのサンドイッチを作った、コニャックの瓶は飲み終えてしまったがカルヴァドスの瓶が一本残っていた。(P.58)

同棲相手のユズは年の離れたエリートの日本人女性。傲慢で独善的で淫乱で計算高く、美しい。ここで日本人女性をそういう役に割り当てるのは若干もにょもにょしますが、そういう女性を出す以上どこかの国が彼女の国籍を引き受けなければならないわけで、まぁ日本人でもいいか。ユズと別れることを決意した理由は非常に胸に迫ってくるので「あぁ…」とため息とも同意ともつかないような声が出そうになる。わかるよ。悲しいね。

そんな語り手がずっと忘れられないのは、純真無垢なイメージのカミーユです。彼女との思い出の描き方が、すごく良い。些細な場面の回想がとても良い。彼にとってどんなに特別だったかがよくわかる。
カミーユに限らず、人との思い出を場所に結び付けて思い出しているのが上手いなと思います。ここはあの時彼女と待ち合わせた場所だ、この通りを彼女とよく歩いた、などなど。そういうことを思い出すとき、その人は過去の思い出を追体験するのだ。その場所に立って思い出すというのは、異なる場所から写真なんかを見て思い出すよりも、より深く当時の状況に沈み込むような感覚があると思う。聴覚とか嗅覚とかがその引き金になることもあるけど、空間というのは全部ひっくるめての「場」の形成なので、その分インパクトが強いよな。
やたら具体的な通りの名前やホテルの名前が出て来るなとは思ったら、巻末の訳者あとがきによれば、ほとんどが実在の場所のようです。大手チェーンのビジネスホテルとかだから何十年後かにはなくなっている場所も多そうですが、聖地巡礼はしやすそうですね。読者がさらに追体験できるようになっているのか。

なお本書では女性との思い出のほかに、フランス農業の衰退というのも柱の一つになっています。私が学生の頃はフランスは農業大国だと習ったんですが、今ではそうでもないのか。肥沃な大地がフランスを豊かにしたって誇らしげだったのはもう過去なのか。黄色いベスト運動を予見したとかいう話もあったようですが、それは別にそこまで意外な結末ではなかった気がする(ウェルベックが聡いことに変わりはないけれど)。志高い貴族の友人が農家の困窮に立ち上がる場面があるのですが、あの衝撃と、そこに行きつくまでの緊張感のやりきれなさよ…。でも必要な場面だ。あれがあるから、250ページが冴えわたるのだ。250ページ、内容は書きませんが、すごくよかった。あの場面にたどり着くまでの作品だったと思う。

250ページがあまりに良かったので、結末はどうしても物足りなくなるんじゃないかと心配していたのですが、余計なお世話でした。しっかり終わっていて、その終わりも納得で、よい文章だった。すごく、よい文章だった。最後のページを3回くらい読みました。悲しいけれど、晴れ晴れとしていて、うまいなぁ。良いなぁ。

巻末の訳者あとがきがまた良くて、私が読み込めていなかった部分を補完してくれました。「フロラン=クロードは自分が関わった数少ない人物の真実さえも、すべて間接的にしか知ることがありません。(P.294)」はまさにその通りなのにスルーしていて、何故見落としていたんだろう、こんなに明らかななのに!ここ、すごく大事なところでした。ほかにも大事な指摘がいくつもあって、非常にありがたいあとがきでした。
フランス人的視点で読むとまた違うんだろうなと思うので、彼らの感想が気になります。世代によっても違いそうだな。主人公男性は農業関係の仕事をしながらもスーパーで買い物をするんだけど、カミーユは個人商店で買い物をすることを大事にしていた。そういう生活スタイルで思想の違いを表すのはよくあるけど、そのインパクトはやっぱりフランスと日本では違うような気もする、けど幻想かもしれない。フランスを買いかぶっているかも。

凄く良かったのですが、あまり話すとネタバレになりそうなのでこのくらいにしておく。思っていたほど性描写もどぎつくないし(皆無ではない、だってウェルベックだし)、現代フランス文学の面白さを堪能できるし、時事ネタもあるので多分早めに読んだ方が面白い本だ、これは。後になって読むのも味わい深いけど、リアルタイムのほうがより楽しめる気はする。ニュースでうすうす感じていたけど、やっぱりフランスも大変なんだな。

ちなみに訳は関口涼子さんです。文章も上手で、どんなひとかと思って検索したら以下の記事が出てきました。ものすごく面白い。時間をみつけて、彼女自身の本も読んでみようと思います。

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