好物日記

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高野秀行『辺境メシ ヤバそうだから食べてみた』を読みました

辺境メシ ヤバそうだから食べてみた

辺境メシ ヤバそうだから食べてみた

  • 作者:秀行, 高野
  • 発売日: 2018/10/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

『幻獣ムベンベを追え』で強烈な印象を私に残していった高野秀行なので、書店に並んだ時からずっと気になっていました。やっと読みましたが、やっぱりすごいな、この人は。2016年~2018年に週刊文春に連載していた変な食べ物エッセイをまとめた本です。50歳を過ぎても、ムベンベのときのノリを保ち続けているように見える。

本書のテーマは世界の「食」ですが、いやぁ、世界は広いんですね。…というのはかなりマイルドな感想で、もっとはっきり言うと「それを食べるのか!!」です。いや、四足の獣はまだわかるんですが、虫が。昆虫食というジャンルがあるのも知識として知ってはいますが、そんな一般的なフードなの!?という衝撃。私は旅行が好きだし、ご当地メニューを食べるのも好きだけど、高野さんほど躊躇なくそれらを食べられる自信はない…。変わったもの食べるのねー、というレベルではない。
そういえば私はもともと、食に関しては保守的なのでした。小さいころは好き嫌いが多くて、海老は当然の如く見た目でアウト、苺ですらブツブツが嫌で好きではなかったくらい、視覚情報をかなり重要視していたなぁ…。今では「腹に入れば同じだ」などとのたまい、盛り付けレベルから適当さを発揮しているくらいだけど、それでも、昆虫食はさすがに躊躇する。「知らない食べ物にはまず警戒心を抱く」という自分の中に潜む偏見と、図らずも向き合うことになってしまった…

まぁ私の話はどうでもいい。本書に載っている辺境メシの話をしましょう。
「アフリカ」「南アジア」「東南アジア」「日本」「東アジア」「中東・ヨーロッパ」「南米」の6つの地域に章が分かれているのですが、どこもかしこも濃い。コンゴのゴリラから始まり、ラクダ、水牛、ナマズ、ワニ、蛇、ネズミなどはまだ一般的な食材だけど、内臓などもキレイに食べるので調理法が面白い。そしてイモムシ、アリ、タランチュラなどの昆虫食は、数はそんなに多くないもののインパクトが強くて、存在感が光ります。

個人的にお気に入りなのが「タイの前衛的ワインと虫の缶詰」の回。東北タイは昆虫食が一般的らしいのですが、彼の地で「虫の缶詰」が開発されたと聞いた高野さんが、はるばる取材に駆け付けた話です。

 場所はサコーンナコーン農業貿易研究所。日本の農業試験場に近い存在だ。訪れると研究員の人に温かく迎え入れられたが、「虫の缶詰を作ったきっかけはここで開発したワインに合うつまみを作ろうと思ったことです」と言われ、頭の中が「?」マークでいっぱいになった。(P.98)

どういうことかというと、この研究所では土地の特産品を研究開発しているのですが、タイでブドウは作れない。そのため地産の別の果実を使ってワインを作ったのだという。ワインをろくに飲んだこともないのに、本を読んだだけで!

 続いて彼らはその天性の美食センスで「虫の缶詰」に取り組んだ。現地で食される多種多様な昆虫の中から栄養面と味覚の両方から「ワインに合う虫」を徹底的に探した。(中略)
 厳選されたのは、モグラコオロギ、ゲンゴロウ、蚕のさなぎ、バッタ、そして赤アリの卵だった。(P.100)

そして続く「赤アリ卵とタイ・ワインのマリアージュ」の回にて試食の感想が述べられるのですが、そもそも「ワインに合う虫」というパワーワードっぷりがインパクトありすぎます。一生に一度も口にせずに終わる人がほとんどではないか。

これら二つの回のエッセイが特に素晴らしいのは、昆虫食を履修済みの高野さんならではの食レポとなっているからです。「これまで食べてきた昆虫食とは一線を画している(P.102)」とか、これまで昆虫食を食べてきてないと比較対象がないですからね。

 コオロギやバッタなどは一般の調理法だと、バリバリという歯ごたえが残り、口の中に足や羽根が引っかかる感じさえあるが、これは嚙むとさくっと柔らかく崩れて、なんとも優しい食感。
 味もそう。佃煮ほど濃くないし、タイ料理、特に東北料理には珍しく唐辛子を全然使っていない。(中略)ゲンゴロウは背中の羽根をとるのがちょっと面倒だが(ここは固いので食べない)、同じように食べやすい。
 うーん、さすが。ワインに合うように、薄味で柔らかく丁寧に仕上げている。(P.102)

平然と書いてますが、昆虫食の食レポなんですよ。とてもそうは思えない、味に対する余裕のある分析ぶり…食べ慣れていない人は昆虫というところに思考がフォーカスされてしまって、とてもここまで冷静な記述はできないでしょう。高野さんにしか書けない。

ちなみに昆虫食については「イタリア人も卒倒!? 東北タイの「虫イタリアン」」もお気に入りです。「まず虫を買ってきて」から始まる驚愕のイタリアンです。ナポリタンなんてかわいいものでした…。

念のために書いておくと、本書には普通に美味しそうだから食べてみたいと思うメニューも載っています。一番食べてみたいのは、著者が「竹もち」と呼ぶ「カオラム」というおやつ。トルコの「カイセリマントゥ」も美味しそうだ。お酒が好きな人はアンデスの「チチャ」にも魅力を感じるかもしれません。
そして民俗学的に興味があるのはひたすら手間暇かけて作る、コソボの「フリア」。酒を飲まないイスラム教徒であるソマリ人が葉っぱをバリバリ食べて酩酊する「カート」も面白い。

一冊まるごと盛りだくさんで、とても面白かったです。でもご飯食べながら読むと、すごい食材とマリアージュすることになるかもしれないのでご注意ください。