好物日記

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小野不由美『白銀の壚、玄の月』を読みました

白銀の墟 玄の月 第一巻 十二国記 (新潮文庫)

白銀の墟 玄の月 第一巻 十二国記 (新潮文庫)

読みましたー!!!
巷で話題の十二国記シリーズ最新刊、待望の長編、まさかの4巻組み。おおお…
2冊ずつ2か月に分けて刊行ということだったのですが、一か月のお預けはつらそうだったので、後半2冊の発売日の数日前に読み始め、ノンストップで最後まで読みました。いやぁ、面白かった…山田章博の表紙と挿絵も相変わらず世界観とマッチしていて素晴らしいです。背景の色の付け方まで美しい。

十二国記についてごくごく簡単に紹介しておくと、天の摂理に支配される12の国々を舞台とした中華風ファンタジーシリーズです。それぞれの国に王がいて王朝があり、王はその国の霊獣・麒麟によって選ばれる。王や親族、そして王朝の高官は仙籍となって不老となる。しかし民を顧みず悪政を敷くと天命は去り、新たな王が麒麟によって選ばれる…
中国の天命思想を下敷きにした世界ですが、面白いのはその天命思想をかなり具現化して世界を作っていることです。天界は実在し、天意は麒麟が明確に一人の王を指名することで明らかになる。別の人間が王を名乗って立っても、麒麟が名指したものでなければそれは正式な王ではない。
そして今回の長編では、まさにその天命思想に基づいた十二国記世界のシステムを題材にしていました。舞台は王が行方知れずとなった戴国。戴国の麒麟・泰麒が厳しい冬に苦しむ民を救うために頑張る話です。そこに軍属兵士や山の荒くれ者や道士たちも絡んで、多くの要素を含む長編小説になっていました。これは、確かに4巻必要ですねと思える納得の充実ぶり。

ネタバレになりそうだけど避けて通れないので書いちゃおう。今回結構踏み込んで書かれたあの天命システムについて、これからも関連する話が続きそうなのが、今からもう楽しみで仕方ないです。
もともと、中国の天命思想は上手いことできてるなと前から好ましく思っていました。それをリアルに(フィクションだけど)システムとして作動させたらこうなりました、という十二国記の世界観も当然とても好きで、うまいなぁと思って読んでいました。しかし今回、そのシステムに当然想定されうる綻びをわざわざ作者自身がつついていて、あ、そこに突っ込むの?いいの?とヒヤヒヤしてしまった。
そう、天命思想を明確に実現しようとすると、絶対に綻びがあるんですよね。あらゆる宗教が内包する問題でもある。天命によって王が決まるならなぜ国が荒れるのか?麒麟によって適切な王が選ばれたはずなのに、なぜ失道するのか?
そして遅かれ早かれ行き着く疑問、天は本当に正しいのか?
今後のシリーズにつながる種がばさぁっと蒔かれたのを感じました。刈り取りはいつだ!本当に、めちゃくちゃ面白くなりそうでたまらない。

そして今回もう一つ大きなテーマだったのが「正しくない行為について」です。例えば軍属の兵士というのは事の善悪にかかわらず命令を遂行することが必要と言われているわけだけど、間違った命令だと思ったときにどうするか。また、上に立つ将軍は必要だけれど非道な命令を出すときにどうするか。あるいは軍属ではなくても、他人からモノを奪わなければ自分と家族の命が危ういときにどうするのか。基本的に正しい行為は美しいけど、美しいだけじゃダメなときもある。悪を悪と認識したうえで実行する必要が出てきてしまったら、どうするのか。
そんなこと悩むまでもない、正しくないならしなければいい、と簡単に言えないことは、大人になればわかります。正しさのために死を選ぶことが間違ってるというわけではない。何はなくとも生が大事なんだから生きることのためにやむにやまれぬことなら悪ではないという理屈もありうる。しかしそんなのどうだっていいのだ、善とか悪とか、言葉なんてどうだっていい。ただここで問題なのは、多くの人は大事なものはひとつだけではないということ。そのなかの何か一つのためにほかの何かを失わなければならないのだとしたら、何を取って何を捨てるのか。コンピュータならハングして止まってしまうようなときでも、人間は選ばなければ進めない。そして選ぶためには、何が大事なのかはちゃんと知っておかなければ。でないとくだらないことで大事なものを失うかもしれない。一番大事なのはなんだ?
あるいは自分ではない誰かが選ぶのを見ているという立場の場合。あの人を尊敬していた、とても素晴らしい人だと思っていた、でもその言動に疑問を持った。でもあんなに好きだったからこそ、その人が間違っていることを認めたくない。あぁ、あるよなぁと思う。好意的にみていた人が首を傾げたくなる行いをしたとき、反射的に正当化したくなるのは、つらいけれどわかる。そしてついに自分をごまかしきれずあのひとのあの行為は間違っていたと認めざるを得ないときの悔しさと少しの安堵。そういうのを書くのが、小野不由美は抜群に巧いな、と改めて思いました。容赦しないところが好き。

第四巻の巻末に末國善己の解説が載っているのですが、日本のファンタジーの流れとか、今回の長編にかかわる十二国記の流れとかが良くまとまっていてすごく良い解説でした。結構忘れているところがあるので、もう一度シリーズを読み返したい…
そして今から次の新作を楽しみにしています。

白銀の墟 玄の月 第二巻 十二国記 (新潮文庫)

白銀の墟 玄の月 第二巻 十二国記 (新潮文庫)

白銀の墟 玄の月 第三巻 十二国記 (新潮文庫)

白銀の墟 玄の月 第三巻 十二国記 (新潮文庫)

白銀の墟 玄の月 第四巻 十二国記 (新潮文庫)

白銀の墟 玄の月 第四巻 十二国記 (新潮文庫)