好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

小川一水『フリーランチの時代』を読みました

フリーランチの時代 (ハヤカワ文庫JA)

フリーランチの時代 (ハヤカワ文庫JA)

再読本。
5編の小説からなる短編集です。人類が生物として新たな展開を迎えるとき、我々の生はどうなるだろうか?というのが共通のテーマになっているようです。背表紙には「心優しき人間たちのさまざまな"幼年期の終り"を描く全5編」と書かれていて、上手いなぁ。

異星人に人体改造を施される『フリーランチの時代』、ラジコン式の人形を操ることで第二の人生を生きようとする『Live me Me.』、人間嫌いの青年が宇宙船に引きこもって旅をする『Slowlife in Starship』、不老の技術を得た未来で法定延命措置を拒む女性と彼女を追う役人を描く『千歳の坂も』、エイリアンの侵略を受けた南国の部落の戦いを描く『アルワラの潮の音』。ちなみに『アルワラの潮の音』は『時砂の王』という長編小説のスピンオフなのですが、単体で楽しめます。

私の好みとしては、やはり『千歳の坂も』を推したい。
あらゆる病気の対処法が発見され、人が老いる速度を医学による延命治療が追い抜いた未来。実質的な不老不死となった日本では国民健康維持法が制定され、法定延命措置を受けることであらゆる病も発病したその日に自己完治できるようになった。
厚生勤労省健康維持局・健康普及員の羽島は法定延命措置を拒み続ける安瀬眉子の家を訪ねるが、死んだ夫のところへ行きたいのだと厳しく突っぱねられる。その後も仕事に忠実な羽島は、不老の世界で行方をくらました彼女の生き方を追い続ける…

不老不死の世界はユートピアだろうか?生き続けること強要された人類がたどる未来を、小川一水は必ずしも肯定的に描いてはいない。しかしまぁそれはその通りで、無邪気にわぁ永遠だ良かったね、と言えるような世界には我々は生きていないだろう。健康的であることは望ましいことのはずなのに、強制されるのはぞっとしない。

平均寿命が百二十歳を越えたころ(その時に生まれた零歳児も、一年ごと余命が一年延びていく)、大規模な改革が行われ、年金も医療保険もすべて廃止された。代わって施行されたのが、国民健康維持法だった。
日本国国民は健康であるか、健康であろうとしなければいけない。(P.189)

この小説が発表されたのが2007年、その時にはすでに健康増進法が制定されていました(2002年制定)。影響は受けているでしょう。

ちなみに2019年現在、神奈川県は「未病」という概念を普及させようと努めており、未病改善に向けて県をあげて取り組んでいます。未病とは病気ではないけれど健康ともいえない状態。これを健康な状態に持っていくことでみんなで元気になろう、という取り組みです。健康であることは良いことではあるのですが、なんだかこの活動が非常に胡散臭くて私は警戒しているところ。
今はチップ埋め込みなどないのでせいぜいアプリ管理ですが、最終的にはやっぱり国民の健康を権力が監視したいのでは?と疑ってしまう。健康になれるならいいじゃないかという言があるだろうなとも思いますが、昨今の健康至高主義的な向きには反感を覚えているので、どうも居心地が悪い。

本作品は医学の進歩によって不老不死が現実になったらどんな世界になるだろうか?という思考実験に対する小川一水の答えのひとつだと思うのですが、政治的な色合いが濃いところも、心情的な葛藤に触れているところも、小川一水作品らしくてとても好きですが、どんな世界でもたくましく幸せを追い求める人物が出てくるところが何より小川一水のいいところだよなぁとしみじみ感じました。


なお事故で一命を取り留めた女性が仮想世界とラジコン式人型ロボットを通じて再び生きる、何度でも生きようとする『Live me Me.』もめちゃくちゃ良いです。技術の良い面を信じているというより、やっぱり小川一水は人間の可能性を信じているんだろうなって思うので、なんとなく応えなきゃと思って背筋が伸びる。

2008年刊行だからすでに10年経っているのに、全然古くない。むしろようやくイメージしやすくなってきた部分もありそうだ。
とても面白かったです。