好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

「2022年の『ユリシーズ』」の読書会(第二回:第一挿話)に行ってきました

www.stephens-workshop.com

去る2019年8月25日、「2022年の『ユリシーズ』」第二回に参加してきました。ちなみに第一回のときの記事はこちら
この読書会は『ユリシーズ』刊行100周年である2022年まで、3年かけて『ユリシーズ』を読んでいこうというユニークな企画で、ジェイムズ・ジョイスの研究者である南谷奉良さん、小林広直さん、平繁佳織さんの3名が企画されているものです。

第二回の読書会の範囲は第一挿話「テレマコス」。マーテロウ塔で朝を迎えるアンニュイな青年スティーヴンと陽気なバック・マリガン、寝言が五月蠅いヘインズが主な登場人物です。
第一回の範囲が第四挿話だったので、そのときすでに第一挿話は一度さらりと読んでいました。なので今回は余裕だ!と思っていたのですが、『ユリシーズ』節は常になめらかに頭に入るということがなく、波長を合わせるのに時間がかかりました。
余裕があれば第五挿話以降も先に読んでしまおうと意気込んでいたのですが、『オデュッセイア』や『ダブリナーズ』に寄り道するのがせいいっぱいで、『ユリシーズ』そのものについては第四挿話までを読んだ状態のまま、あえなく読書会当日を迎えました。いいんだ、第一挿話は首をかしげながら何度も読んだから…

しかしこの第一挿話、三人称で書かれてはいるものの、視点は常にスティーヴンなんですね。彼が何を見ているか、見ているものから彼が何を連想したか、そしてその心の動きが彼にどんな影響を与えるのか、そこに軸を置いて読むことで第一挿話がかなり読みやすくなりました。
その視点のヒントをくれたのは、この読書会の企画をされている小林広直さんが『Web あかし』に寄せた以下のブログ記事です。

webmedia.akashi.co.jp

目の前にある「袖のほつれかけた縁」から、眼の焦点をずらした先に広がる「大いなる慈母」につながる意識の流れに痺れる…!
また上記ブログでは『ユリシーズ』に繰り返し反復が現れることにも言及されています。ははぁなるほど、などと感心して読んでいたら、読書会当日には第一挿話と第四挿話の「朝食」の場面がシンクロしていることが指摘され、ぞっとくるような感動がありました。なんだか空恐ろしさすら感じる。
とはいえ限られた時間や紙面で触れられるのはごく一部で、まだまだたくさん秘密が隠れているのでしょう。そこが『ユリシーズ』の魅力のひとつなのだと思います。


なお今回の読書会では、アカデミックな読み方じゃなくてもいい!ということをアカデミックな世界の人に言ってもらえたことが、とても心に残っています。本当は第一回の読書会から言われていたことなのですが、なんというか、納得したのは今回の話を聞いてからでした。
読書会を企画している南谷奉良さんは「身体をもった生活者として、個人の生とともに『ユリシーズ』を読む」と表現されています。第一挿話のマーテロウ塔での朝食と、第四挿話のブルーム家での朝食に、『ユリシーズ』を読む私たちの朝食を重ねることの楽しみ。そういう読み方をしたからといって作者や作品を軽んじることにはならないんだということを自分で納得できたのが大収穫でした。私は文学部出身ではないし、今の仕事も文学とか全然関係ないし、単純に娯楽として読書を楽しんでいるだけの一般人です。でもそういう立場で『ユリシーズ』を読むということに何の恐れも抱かなくていいし、どんな感想を持ったっていいし、読書会への参加権を失うこともない。
アカデミックな読み方にはアカデミックな読み方としての面白さがあると思うのですが、文学の楽しみ方はきっとそれだけではないはずです。というか、文学の楽しみ方をそれだけに限定してしまうことはとても勿体ないことだと思う。一つの小説に対する「正しい感想」などというものはそもそも存在しません。読み手がそれまでどんな人生を送ったか、どんなタイミングでその小説を読んだか、そういう読み手のコンディションこそが感想を左右するものだし、小説の感想というのはそういった要素で左右されうるものだと思います。だからこそ読書は面白い。

ちなみに第二回の読書会では、なんと企画者の平繁佳織さんが第一挿話の舞台であるマーテロウ塔の前からスカイプ中継をしてくれるというサプライズ企画がありました!アイルランドの海や塔の外観をカメラ越しに感じることができて、あぁ、またダブリン熱が高まってしまう…
ちなみにマーテロウ塔はミュージアムになっていて、塔の上にも上れるらしいので、二人で腕を組んで歩けばスティーヴン&マリガンごっこができますね!マーテロウ塔に上ったことがあるかどうかで、また感想が変わってくるのだろうな。やっぱりダブリンへ行かなくてはな。


最後に、今回の読書会で『ユリシーズ』第一挿話の驚くべき読み方を伝授していただいたのでぜひ皆さんに広めたい。

「?」を思う部分を、いったん更地にしてみる

ひっかかるワードがあった時に、文章の中でそのワードを空欄にしてみることで、そのワードが文章の中でどんな役割をしているのかをあぶりだすという恐るべき技です。実例を用いた説明は、読書会ホームページにて公開されてるPDF資料に記載があるので、ぜひご覧ください。『ユリシーズ』に限らずやってみたくなる読み方です。
ちなみに更地にすると文章の意味が失われてしまうワードについては、他のワードにスライドさせることで同様の効果が得られると思います。黒猫を三毛猫にしてみるとか。男を女にしてみるとか。


ジョイスの罠にすっかりはまった私はまんまと『ユリシーズ』原書(ガブラー版)にも手を出してしまい、ネット注文して現在到着待ちです。これで『ユリシーズ』写経に挑戦するんだ…!
次回の読書会は10/22とのこと。まだ申込みは始まっていませんが、今から楽しみです。