好物日記

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梅棹忠夫『知的生産の技術』を読みました

知的生産の技術 (岩波新書)

知的生産の技術 (岩波新書)

実家の引っ越しに伴い、梅棹忠夫ファンである母の蔵書だったものを貰いました(彼女は全集を引っ越し先に持って行った)。正直なところ、パソコンなしで仕事をしていた時代の本だから参考くらいにしかならないだろうと軽く見ていたのですが、すみません、わたくしが浅はかでございました。名著って、時代を超えて名著なんですね…

京大型カードというのが一世を風靡したことがあるそうなのですが、それはよく知りません。ただ、この本で説明されている情報の整理方法が情報処理システムの歴史をなぞっているようで、非常にわくわくしました。

まず学生時代の梅棹さんはレオナルド・ダ・ヴィンチに倣って「発見の手帳」というのをつけ始めます。これはあらゆる情報が雑多に記された混沌の状態なのですが、書かれたことはカードを使って整理されてゆきます。雑多なデータが単一になっていくのです。梅棹さん自身も以下のように書いています。

じつは、ノートからカードへという移行は、われわれのような知的生産業者とは別個に、実務の世界においても、並行しておこっていたのである。戦後の実業界にまきおこった大規模な事務革命のなかで、ひとつのいちじるしい現象は、帳簿の帳票化ということであった。(P.38)

情報がデータとして処理される前段階ですね。そして梅棹さんは「ひとつのカードにはひとつの情報」を徹底するよう書いているのですが、これはいわゆる正規化というやつで、データベースにおいて一つの列に格納するデータは一つにする、といいう約束事と同じです。「ひとつのこと」の単位の見極めが難しいとも書かれており、まったくもってそのとおり、正規化って難しいんですよね…。
ほかにもいろんなサイズの切り抜きの山をひとつのファイルにまとめ、紙片を同一サイズ化して収納するということもしているんですが、これだって可変長のデータをそれぞれ1レコードとして同じテーブルに格納しているようなものです。そして既製品はいつ廃盤になるかわからないから自分でデザインして注文して作らせたというのも、WEBサービスはいつサービス終了するかわからないから自前のシステム組みました、というのと同じです。
後から知ったのですが、「情報産業」という言葉の名付け親は梅棹さんなのだとか(Wiki情報)。情報処理と相性がいい人なんだろうなぁ。

そして特に感動したのは以下の部分です。

このような整理や事務の技法についてかんがえることを、能率の問題だとおもっている人がある。一般に、この本でとりあつかっているような知的生産の技術の話全体が、能率の問題としてうけとられやすいのである。しかし、じっさいをいうと、こういう話は能率とは無関係ではないにしても、すこしべつのことかもしれない。(中略)
これはむしろ、精神衛生の問題なのだ。つまり、人間を人間らしい状態につねにおいていくために、何が必要かということである。かんたんにいうと、人間から、いかにしていらつきをへらすか、というような問題なのだ。整理や事務のシステムをととのえるのは、「時間」がほしいからではなく、生活の「秩序としずけさ」がほしいからである。(P.95)

これが梅棹忠夫ですよ!
これはほんとうにその通りなんですよね。エンデは『モモ』で時間どろぼうを描きましたが、そこで描かれる多くの大人たちは効率を目的にしていたから時間が盗られちゃっても気づかなかったのです。節約したその時間で何をするかという明確な目的があれば、盗まれてもすぐに気づくはずです。お金と時間の遣い方には人間性が出る。
能率を高めるということは大切なことです。時間は有限だし、人件費もかかる。でも一番大事なのはその先の目的、「なんのために効率を目指すのか?」なんですよね。企業が効率を目指すのは営利団体だから当然なのですが、「工数1の仕事を、同じ時間で工数1.5までこなせるようにする」ことを目標にしていると、多分本質を見失うでしょう。むしろ「工数1の仕事を鼻歌まじりにこなせるようにする」ほうが長期的にはいいはずです。そこまでいけば、所要時間は本当に必要な時間まで勝手に短縮されていくと思うので。

ちなみにいくつかの引用でおや?とお思いになったかもしれませんが、この本、やけにひらがなが多いんですよね。最初非常に違和感を感じたのですが、後半でその秘密が明らかになりました。梅棹さんはひらがなのタイプライターを使っていたのです。日本語キーボードでパソコンがガンガン使えるようになったのを知ってどう思ったのかなぁ。後年は失明されたそうなのでパソコンには間に合わなかったかもしれませんが、音声入力AIが家庭に普及しつつあるのを目の当たりにされていたら、どう思われたのかなぁ。

ちなみにこの本、情報整理の本として書かれていますが、普通に家庭内の収納問題にも応用できるんですよね。家庭内で発生する書類事務のことは本の中でも触れられていますが、「片づけ」すべてに通じるものだと思う。整頓ではなく整理が大切なんだ、わかってはいるんだ…
引っ越してからというもの「とりあえず空いてるところに突っ込んでおく」を実践したおかげでどこに何があるのか自分でもよくわかっていない状態になってしまった私は本書を読んで猛省し、きちんと整理せねばならないなと強く感じた次第です。掃除道具とか消耗品とかいろんなところに分散してしまっていて、必要になったときに家じゅうの引き出しを開けまくった末に結局見つからないことがままあるという体たらくである。本棚も整理したいなと思いつつ、なかなか…

非常に身につまされるところのある本でした。納得のベストセラー。永久保存版だな。