好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

陳浩基『ディオゲネス変奏曲』を読みました

ディオゲネス変奏曲 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

ディオゲネス変奏曲 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

中国、韓国などのアジア圏の文学が、このところ快進撃を続けています。朝鮮現代文学、華文ミステリ、華文SFがどんどん訳されていてうれしい限り。なんていうか、新しい時代の到来を感じられて良いですね。越境してる感を一番感じるのが華文文芸です。水滸伝とかまでさかのぼらなくても、現代の中国を感じられる。ベトナムとかインドとかの文学も読んでみたいですね。広がれアジアの文学。

ということで『13・67』の陳浩基による華文ミステリです。彼は香港の人だけど、台湾でも活動しています。軽く読める本が恋しい頃合いだったので、短編集はうれしい。
ディオゲネス犬儒派の哲学者の名前ですが、シャーロック・ホームズシリーズに「ディオゲネス・クラブ」というのが出てくるとは知りませんでした。自分の思考にひたることで作り出した作品たちということで本書のタイトルに含めたのだとか。
さらに面白いのは、「変奏曲」と題されたこれらにはそれぞれ副題のように音楽用語が付与されていること、そして作品ごとにイメージソング(クラシック曲)が設定されていること。巻末の著者あとがきで丁寧にそれぞれの作品の初出、コメントと共にイメージソングが明かされていて、youtubeで作成されたプレイリストのURLまで載っているのです。今そのプレイリストを聞きながらこの記事を書いています。
※2019/6/22現在、1曲だけ非公開になっているのがありました

短編14編、習作と題された散文が3編、計17編が収められているのですが、SF色の濃いものやサスペンス風のものなど、バラエティ豊かで面白かったです。
冒頭の『藍を見つめる藍』はストーカーの話なんですが、初っ端から引き込まれました。基本的にサスペンス的な緊張感が好きで、たった一言で足元揺さぶられるのも好みでして、ミステリ要素薄めの『霊視』『頭頂』も面白かったです。
でも一番のお気に入りは、日本のヒーローものに影響を受けたという『悪魔団殺(怪)人事件』。ジャガイモ怪人が何者かに殺され、頭部のジャガイモ部分がマッシュポテトにされているという陰惨極まりない事件についての話です。だってもうこの殺害現場を想像しただけで、あまりにコミカルで笑ってしまう。マッシュポテトって!

BGM聞きながら作品を思い返すと、味わい深くて良いです。クラシックは良いものだ。

そして本書の冒頭に掲げられた以下の一文の重み。

本書を謹んで天野健太郎氏に捧ぐ

『13・67』の訳を担当され、2018年に亡くなられた天野さんのことです。台湾の作品を中心に訳されていました。彼のおかげでお目にかかることができるようになった華文文学がどれだけあるか!

そんなに分厚い本ではないにも関わらず、非常に満足度の高い一冊でした。