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亀山郁夫『『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する』を読みました

『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する (光文社新書)

『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する (光文社新書)

21世紀初頭に突如カラマーゾフブームを巻き起こした光文社新訳文庫での翻訳を手掛けた亀山郁夫が続編のプロットを空想する本。私は新訳版を読んでいないのですが、そもそもロシア語がわからないので、賛否両論の新訳が訳として適切かどうかの判断が下せない。ただ、個人的にはちょっと古めかしいようなもってまわった言い回しをしてほしいので、旧訳版が好みです。
しかし第二の小説がどんなストーリーなのか?というのはファンとしてはやはり想像が掻き立てられるところ。未完成の美学というのはありますよね…!今回、某所で開催された『カラマーゾフの兄弟』の読書会にかこつけて読み漁った評論の一冊として読みました。読書会も無事終了したので、関連本もブログにアップしてゆきます。

なお以下の内容は本書の性質上、『カラマーゾフの兄弟』全体のストーリーに触れていますのでご注意ください。



第二の小説に関して、巷の研究者の間での大まかな共通認識として、「アレクセイがテロリストになる」「コーリャをはじめとしたイリューシャの友人たちがメインのストーリーになる」ということが囁かれています。聖人のように書かれてはいるものの、ドミートリイたちと同じ階段にいる「カラマーゾフ」であるはずのアレクセイが今後どう変わっていくかがポイントだろうなと個人的には思っています。

しかし亀山郁夫は、ドストエフスキーが終生秘密警察の監視を受けていたこと、あの皇帝主義の時代に検閲を免れ得るはずがなかったことなどから、アレクセイのテロは皇帝暗殺「未遂」だろうと推測しています。テロリズムに走るのはコーリャたちで、アレクセイはそれをたしなめる役に回るのではないか、と。

たしかに暗殺テロが激化する中で出版物として皇帝暗殺をヒロイックに描けるわけはないだろうというのは納得です。ドストエフスキーの経歴や思想を考えると打倒皇帝のように思えるのですが、出版という経緯を踏むなら検閲は避けがたいので、もうちょい平和的な路線を取らざるを得ないはず。しかし二枚舌のドストエフスキーなら、秩序を乱す悪としてのテロを描きながら、その背後に新時代の思想を潜ませるくらいのことはしそうだけどな、とも思います。

ロシアには「神の人アレクセイ」という有名な逸話があって、ドストエフスキーはアレクセイをそっち側に倒そうとしていたのではないかとも書いていますが、それはちょっとアレクセイを買いかぶりすぎだと思います。だって彼だってカラマーゾフなんですよ。しかしイワンの子を産んだリーザと結婚して苦悩するという筋書きはめっちゃありそう。ただ私の想像では、リーザはアレクセイと結婚した後でコーリャと浮気するんじゃないかと思ってました。
そして多分アレクセイは弱き者のために権力と対立せざるを得なくなり、コーリャと手を組んだり利用されたり庇ったりしながら、最終的には身代わりに処刑されたりするのでは。アレクセイはイワンと同じく間接的に手を下す派だと思うのですが、彼には長老の加護があるからそこまで悪いようにはならないでしょう。イワンと同じようにコーリャのテロを知りながらも黙認しようとして、でもハッとしていけない!とか思って止める役かもしれない。イワンができなかったことを乗り越えるかもしれない。苦悩はするし、若くして死ぬだろうけど、微笑みながら死んでいきそうだ。

コーリャが反逆の徒になるというのはほぼ間違いなかろうと思うのですが、そうなると気になるのがコーリャの救いの道です。ドストエフスキーなら完全に地獄にしか行き場所のない人など出すわけがないと信じているので、何かしら救いを得ながら死んでいくだろうとは思うのですが、その救いになるのはやっぱりイリューシャのお姉さんかな?


いろいろと想像力を掻き立ててくれる本でした。これをネタに盛り上がれる。答えがこの世に存在しないのが楽しいですね。