好物日記

本を読んだり美術館に行ったりする人の日記

三方行成『流れよわが涙、と孔明は言った』を読みました

流れよわが涙、と孔明は言った (ハヤカワ文庫JA)

流れよわが涙、と孔明は言った (ハヤカワ文庫JA)

2018年、カクヨムという小説投稿サイトで活動していたsanpowという筆者が、三方行成名義で書いた『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』という作品で第6回ハヤカワSFコンテスト優秀賞を受賞しました。話題になったのは知っていたのですが、他にも読む本がいろいろあったので特に手には取りませんでした。
しかしある日Twitterでハヤカワのアカウントから『流れよわが涙、と孔明は言った』の試し読みリンク(下記)が流れてきて、タイトルが面白かったので軽い気持ちで開いてみました。

【書籍化決定】「流れよわが涙、と孔明は言った」三方行成ショート・ストーリー
https://www.hayakawabooks.com/n/n9a2a234a5d7d


そして思ったのが「なんかとんでもない新人が来たぞ…!」です。なんてったって冒頭からぶっ飛んでいる。

孔明は泣いたが、馬謖のことは斬れなかった。
硬かったのである。(P.9)

言うまでもなく「泣いて馬謖を斬る」が元ネタですが、それをここまで広げるか!
ストーリーを簡単に言うと、物理的に硬くて斬れない馬謖を、孔明があの手この手で斬ろうとする話、です。本当に、ただそれだけの話です。三国志演義ネタがちょいちょい挟まってくるので、主要登場人物や大まかな話の流れが分かっているとより楽しめるかと。そしていつの間にかパッチワーク宇宙論まで出てくるのでギリギリSFか。言葉遊び満載のナンセンスエンタメ小説です。

エンターテインメント小説にもいろいろなタイプがありますが、三方行成はテンポの良さとアイデアの妙でぐいぐい読ませるタイプです。本当に、すごくバカバカしいだけのエンタメ小作品なのですが、バカバカしいことを本気でやるとすごいことになるんだな。面白い、というのがエンタメの要だ。
この言葉遊び感は西尾維新を彷彿とさせ(年代的に影響受けていそうです)、このナンセンスのスケールの大きさが谷山浩子っぽくて好きです。


さて以上は表題作『流れよわが涙、と孔明は言った』の話でしたが、書籍化の際には短編集となりまして、上記を含めて5編の短編が収められています。

『折り紙食堂』は3つのストーリーから成るちょっと不気味な小説。不穏な空気が非常に良い。「あなたは店の入り口をくぐる」など、二人称で語りかけるように話が進んでいくところがテキストゲームっぽくて臨場感がある。

『走れメデス』は書き下ろし。『流れよわが涙、と孔明は言った』と同じ種類のパロディ小説。かの数学者アルキメデスを主役にしたものですが、アルキメデスを走れメデスにするとか、もうそういうとこが三方節。何も考えずに楽しみましょう。元ネタ探しも楽しみのひとつ。

『闇』は「電柱アンソロジー」という企画に参加した際の作品の再録のようです。「人が死んだら電柱になる」という設定で漫画や小説を書いたものをまとめたアンソロジー同人誌で、すでに完売済みではありますが何度も再刷されているところがすごい。コミケ文学フリマで売っていたそうですね。『折り紙食堂』寄りの落ち着いた作風です。

『竜とダイヤモンド』も「ドラゴンカーセックスアンソロジー」という同人誌の出品作品で、ノリの良いファンタジー小説です。とはいえそもそも「ドラゴンカーセックス」って何よ?というところは説明が必要でしょう。欧米のR18 ジャンルで、そのまんまドラゴン(竜)とカー(車)の性行為を指すそうです。アンソロジーの企画経緯とか日本での受容などはいろいろエピソードがあるようなので、気になる成年済みの方はご自分でググってください。ちなみに『竜とダイヤモンド』および『ドラゴンカーアンソロジー』は全年齢向けです。


全体的にライトノベル的な作風で、新しい時代のSF作家だなと思いました。もともとSFとラノベは親和性が高い上にリアル世界がSFに追いついてきたので、いよいよ垣根が低くなってきたような印象。デビュー前からすでに同人誌で活動していた経歴があるからか、作家自身のスタイルがすでに確立しているようにも感じます。長編よりも短編が得意そうですが、長編だとどんなふうになるのか気になるところ。これからの活動もチェックしていきます。