好物日記

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ステファン・グラビンスキ『不気味な物語』を読みました

不気味な物語

不気味な物語

ポーランドが誇る恐怖小説作家ステファン・グラビンスキの邦訳最新刊です。2018年12月に刊行されていて、買ってはいたのですがずっと積んでいたのをついに読みました。めっちゃ良かった…

グラビンスキは1887年に生まれ、1936年に亡くなった作家です。「ポーランドのポー」「ポーランドラヴクラフト」と呼ばれ、近年再評価されつつあるとか。邦訳は芝田文乃訳が国書刊行会から刊行されていて、本書が4冊目。訳者あとがきによれば本書の刊行で、グラビンスキの代表作をほぼすべて紹介できた、とのこと。ありがたやー。
既刊3冊の中では『狂気の巡礼』が最も印象的でした(初グラビンスキだった影響もあるかも)。しかし4冊目となると、これまでの残り物を集めたことになるからイマイチかもしれないな、という予想をしていたことをここに告白して懺悔します。そんなの杞憂でした。むしろ一番好きかもくらいの勢いだ!

本書は短編集『不気味な物語』から6編と、短編集『情熱』から6編の、計12編から成ります。グラビンスキの作品は美文調で、繊細な描写がたまらなく良いのですが、芝田さんの訳がまたうまいのです。今回も素晴らしかったです。退廃の美学よ!

一番好きなのは『不気味な物語』からの「視線」でした。開いた扉の影に何かが潜んでいるのでは、という偏執的な恐怖が次第に増幅し、ついには「死角」を極度に恐れるようになる男の話です。20ページほどの短い話なのですが、決して目にすることができない、しかし確実にそこにいるはず(と男は思っている)何かへの恐怖の高まりが非常にリアルで素晴らしい。小さいころに暗いところが怖かったこととか、ホラーな話を聞いた後にはお風呂でシャンプーするときとか、閉じた目を再び開くのやがけに怖かったことを思い出します。正体が明らかではない、目に見えない何かって怖いんですよね…身に覚えのあるパラノイア

ちなみにグラビンスキの作品は必ずと言っていいほど登場人物の誰かしらが死んだり発狂したりするわけですが、『情熱』からの「情熱(ヴェネツィア物語)」は男女がヴェネツィアの街を延々とデートするシーンが続く珍しい作品。暗いモチーフがなかなか出てこないので心配していましたが、やっと墓地が出てきて安心しました。ヴェネツィアに行く前に読みたかったなぁ。絶対これヴェネツィアに行って想像力が掻き立てられたんだろうなと思いましたが、実際その通りらしい。ホラーというほどのホラーでもなく、割ときれいにまとまった感傷的なストーリーでした。でもちゃんとお亡くなりになるのがさすがグラビンスキ。

もうひとつ、『情熱』からの「投影」はすごくグラビンスキっぽい作品で好みでした。クトゥルフ神話TRPGの原作になりそうな話の進み方。日記形式は明らかに語り手がどうにかなっちゃう結末しか見えない…。引退した建築家が廃墟となった修道院を探検していたら、自室の部屋の壁に不思議な「影」が写るようになり…という話。初めて読んだグラビンスキの『狂気の巡礼』に、影を効果的に使った小説が収められているのですが、その影響もあってグラビンスキアは「影」の作家、という印象が強いです。強い思念が影や夢という形をとる、というのがグラビンスキっぽい演出です。やっぱりグラビンスキは似非科学っぽい、錬金術っぽい世界観が似合うなぁ。「魔女に与える鉄槌」とか出てくるから余計にそれっぽい。

この「投影」だけでなく、『不気味な物語』からの「追跡」なども読んでるうちにオチが見える系の話なのですが、訳者あとがきにある通り幻想怪奇小説は語りが大事なのであって、べつに大どんでん返しを期待しているわけではないのでなんの問題もない。グラビンスキは文章がうまいので非常に楽しめます。訳者あとがきには「追跡」について「安定のバッドエンド。ある種の様式美」と書かれていて笑いました。
そしてやっぱり訳がすごく良い…エロティックな話が結構出てくるのですが(グラビンスキの好みの女性がよくわかる)、下品ではないのに官能的で、ゴシックな雰囲気をより一層際立たせている。元の文章も良いんでしょうけど、訳の良さをしみじみ感じます。雰囲気あって素晴らしいです。

そしてグラビンスキの本はいつも装丁が美しくてうっとりしますが、今回もめちゃくちゃ格好良いです。あの、買わなくてもいいんでぜひ書店でご覧になって…。グラビンスキの本はいつも函入りになっててさすが国書刊行会わかってるな!という感じなのですが、今回の函は背表紙部分が吹き抜けになっていて、表の紫もいいけど裏のボルドーも美しいし、本体の表紙も硬派で格好いいし、本を開いた1枚目の見返しの紙の手触りがめっちゃ好みだし、本文のフォントも雰囲気に合っているし、なんというか完璧というほかない。函にまかれた帯にバーコードついててびっくりしました。帯じゃなくて、いや帯なんだけど、背表紙の一部なのか。グラビンスキの装丁はすべてコバヤシタケシさんがされているのですが、どれも鳥肌ものの格好良さなので、ぜひ書店でご覧になってください。図書館だと函は取り払われているので、書店でぜひ。

堪能しました。素晴らしかった。