好物日記

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トム・ハンクス『変わったタイプ』を読みました

変わったタイプ (新潮クレスト・ブックス)

変わったタイプ (新潮クレスト・ブックス)

トム・ハンクスというのは、あのトム・ハンクスです。ハリウッドスターな彼です。61歳にして作家デビューしました。
英語では2017年10月発売、邦訳が2018年8月発売というのはかなりのスピードですね。2018年10月にチェコに行った時にも売り場に平積みされていたので、世界的に売り出されていたのでしょう。

まぁビッグ・ネームだしねー、話題性あるよねー、と思いながら軽い気持ちで読んでみたら、すみません、本当に面白かった。普通に良い本でした。
訳者あとがきにも書かれているのですが、思えばトム・ハンクスって俳優業によってあらゆる人生を経験しているし、脚本だって書いているし、エンタメの本場ハリウッドで長いキャリアを築いているんだから、そんじょそこらの素人とはちょっとレベルが違うのでした。それでも「物語を書く」という行為はそれ特有の技術を求められるはずなので、恵まれた環境でしっかりと栄養を受け取り、育ちに育って61歳デビュー、というのは、これは実に立派なことではないですか。すごいな、トム・ハンクス。すでに一定の地位を確立しているにもかかわらず、新しいことに挑戦していくその向上心に頭が下がる思いだ。そういう人だからここまできた、という言い方もできるのでしょうが。

なお構成としては全17編の短編集です。しかしその中の4編は地元紙のコラムの体裁をとっていて、3つの短編のあとにコラム、また3つの短編のあとにコラム、というようにリズミカルに配置されています。この『変わったタイプ』1冊で一つの作品となるようになっているわけですね。ニクイなぁ。
そしてすべての作品に必ずどこかでタイプライターが出てくるのですが、トム・ハンクス自身が古いタイプライターのコレクターなのだとか。話の合間合間に挿入されているタイプライターの写真が雰囲気出してます。タイプライターのことは訳者あとがきに書いてあったのですが、私は半分くらい読んで初めて気がついて、タイトルそういうことか!と衝撃を受けた。トム・ハンクスは一つの単語に複数の意味を持たせるのがお好きなようです。私も好きです。

冒頭の『へとへとの三週間』がコミカルな話だったのでふんふん、と思って次の『クリスマス・イヴ、一九五三年』を読み進めて、私はこの作品でトム・ハンクスに陥落しました。あ、そういうこと、そういうこと…というあの感覚がたまらなかった。全体的にユーモアたっぷりな作品と、ちょっと落ち着いたトーンの作品がバランスよく並んでいて、しかもちょっと落ち着いたトーンの作品に円熟味があって、彼の人生の深みを感じさせます。19歳の誕生日を迎えた男の子の一人称小説『ようこそ、マーズへ』や、密航してアメリカに渡ったブルガリア人の『コスタスに会え』、そしてトリを飾る『スティーヴ・ウォンは、パーフェクト』も良かった。実はSFもいくつか入っていて、『過去は大事なもの』はタイムトラベルもの、『アラン・ビーン、ほか四名』は自作のロケットで宇宙に行っちゃうコミカルなSFです。ほかにも脚本形式の作品などもあって、楽しかっただろうなぁトム・ハンクス。サービス精神旺盛だけど、本人も楽しんでいたに違いない。

ネームバリューだけで売ってるわけじゃなかったですね。楽しい読書でした。