好物日記

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映画『惑星ソラリス』を観ました

惑星ソラリス Blu-ray 新装版

惑星ソラリス Blu-ray 新装版


川崎市市民ミュージアムには映像シアターがあり、週末に上映会をしています。
今回は『都市と人間』コレクション展の連携プログラムとしてソヴィエト映画特集がやっていると聞きまして、いそいそと観に行きました。お目当てはタルコフスキーの『惑星ソラリス』です。

www.kawasaki-museum.jp


ずっと気になっていたのですが、チャンスと勇気がなくて観たことがなかった映画のひとつです。原作である小説もまだ手が出せていません。しかし映画と小説はだいぶ違うらしいので、まぁ別物の作品だと思っておくことにします。
難解だということと、簡単なストーリーの前情報を仕入れて鑑賞に臨みましたが、前半部分はちょっと眠かったですが、宇宙ステーションに着いてからはちゃんと話が動くのでなんの問題もなかったです。映画としても、嫌いじゃなかったです。
ただ上映会ではフイルムからの上映だったので、途中ブチブチ切れたりして、古い映画感を味わえました。でも次はリマスター版で観よう。

ここでネタバレにならなさそうな範囲でストーリーをおさらいしておきましょう。
どうやら知性を持っているらしい惑星ソラリスの海に対して、人類は長年研究を進めているがなかなかうまくいかない。主人公クリスは請われてソラリス研究をしている宇宙ステーションに到着し、そこで死んだはずの妻に会う…
説明のされなさっぷりがヒッチコックの『鳥』を髣髴とさせました。ちょくちょく流れるバッハの曲が美しかったです。あと物が落ちたり割れたり雨が降ったり水が流れたり、というような効果音の使い方がうまいなぁという印象。狙ってるなぁ。主人公のアンニュイな瞳が印象的です。幸せな人間の瞳ではない。


以下、ネタバレを含むので未鑑賞の方はご注意ください。
興奮冷めやらぬ雑然とした文章です、すみません。


実は映画を観ているときにはクリスが一体なんのために宇宙ステーションに行ったのかよくわかってませんでした。あなた、心理学者だったのね…!
この世界に希望なんてないさみたいな昏い目をして草原に立ち尽くしていたのが印象的です。死んだ奥さんに対して後悔と未練しかないんだろうなぁ。ちゃんとカウンセリング行ってる?

人間は想像しうるものしか認識できないので、ソラリスでの怪奇現象が人の記憶をもとに構成されるという理屈はよくわかります。エイリアン同士が交流するときには概念や認識の相違は当然あるはず。とくに海(というかバカでかい液体?)という存在形式をとっているエイリアン(ソラリス)からすれば、死の概念なんてわかってなさそうだ。なんか知らんが近くに来たエイリアン(人間)の頭の中を読み取ったらこんな形してこんな動きをする存在のイメージが強かったから真似して実体化してみたよ、程度の意図なのかもしれない。しかソラリスの意図は語られないからわからない。友好の証なのか心理攻撃なのか、それともソラリス的にはただの反射神経のようなものかも。だからこそ良い。だってエイリアンの考えてることなんて、コミュニケーション方法が確立してない状況で、理解できるわけないですし。でもなんとなく、ソラリスとしては意図があるわけじゃなく、X線放射による事故的な反射作用のような気がする。人間が勝手に踊らされているだけではないか。だってソラリスって別に慈愛の情とか無さそうですよね。見た目が海だからそう思うのか。そもそもソラリスは海っていうけど、海のように見える液体の蘇生はH2Oなの?それともH2Oに揺蕩うバクテリア的な集合体がソラリスなの?というところから謎だし。
とはいえ「一番の後悔(罪の意識)」を記憶から引っ張って実在化させてくるあたり、無自覚っぽいから余計に性質悪いけど、単純に人間にとって一番強い感情というのが罪の意識なのかも、とも思います。クリスは膝を折って懺悔しているし。後悔を知らない人(いるわけないけど)がソラリスに行ったら何が姿を現すのだろうか?
しかし不思議なのは、再構成された本人が自分のことを認識できていないところ。映画の中では彼女の組成はニュートリノだって話でしたが、それってつまりどういうことなの…鉄腕アトム原子力で動くように、当時の「ハイテクワードのイメージ」みたいなものなのか?精巧にできたロボットってことなんだろうけど、ある程度自律的に動いていそうではある。「ソラリスが記憶の中の誰かの皮をかぶっている」のではなくて、中の人などいませんよ状態なのが余計に話を厄介にしている。だがそこがいい!それだからこそ良いのです!
多分「記憶がない」というのが根本的な問題で、奥さんも「思い出したわ…」とか言ってるけど、それは新しくデータが挿入されただけで、もともと持ってるデータじゃないですよね。その人をその人たらしめるのはその人がこれまでどう生きてきたかの記憶で、だから記憶喪失というのはアイデンティティ喪失になるわけですが、妖がどんなに上手に化けても「小さい頃の共通の思い出話」が真偽を見分けるカギになるのに、クリス、自らカギを差し出すような真似(ホームビデオ鑑賞)とかしちゃって、あああ…

とはいえ、ただただ、不気味ですね。奥さんの羽織物が椅子に2つかかったときの無言のアップの怖さといったら!奥さん気づいて!そこにもう羽織があるじゃないか!おかしいと思おうよ!
この羽織アップに限らず、無言のアップの圧がすごかったです。
物が落ちたり割れたり雨が降ったり水が流れたり、という物理現象が発生させる音が特に際立っていたのは、ソラリスの見せる怪奇現象が物理的な質量を伴っていることを意識させるためなのかな?蘇生するときとか、すごい音しますもんね。

しかしカメラの使い方、というか、なんでそこ映すの?というのはよくわからない部分がいくつもありました。
特に宇宙ステーションに着いたばかりのときにスナウトの部屋にいた「誰か」の耳のアップと、映画終盤のクリスの耳のアップは何か関係があるんだろうけど、なんの関係が?多分何かの隠喩なんだろうなとは思うのですが、よくわからない。そもそもスナウト、悪い奴ではなさそうだけど、胡散臭いんですよね。「眠ることを覚えたか、まずいな(うろ覚え)」とか、あなたの部屋で思いっきり誰か寝てましたけど?と思う。あれ誰だったんだ…。なんとなく、スナウトはもう地球に帰れないくらい馴染んでるっぽい気がしたけど、お客に会えなくなっちゃって大丈夫だったのかな。
あと宇宙ステーションに行く前のひたすらドライブシーンは必要だったの?とか(とても眠かった)、ラストで実家に帰ったとき(とはいえソラリス上の島だけど)家の中めっちゃ雨漏りしてたのは何なの?とか(ここはソラリスですよ、の隠喩にしてはちょっと強引すぎやしませんかね)。お父さん、肩びしゃびしゃですよ。息子に気付く前にそっちを気にしてくれ。

なんだかいろいろ突っ込みどころがあるのが気になっちゃうのはタルコフスキーに踊らされている感もありますが、もうちょっとよく見たい、でも2時間半かぁ…という気持ちになりますね。

まずは原作を読もうと思います。話はそれからだ。